・・・ 夢の尾瀬 ・・・
13-15 June, 2001


25 July, 2001



夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬 遠い空


グラスライン

小学校で歌った懐かしい歌詞と調べ。ずっと尾瀬にあこがれていた。
関西にいたころは、あこがれだけをふくらませていた。
関東に越してきてからは、実現の可能性はぐっと大きくなり、「もう少し時間の余裕が出来たら・・・、来年こそは・・・」、と言いながら今まで来てしまった。

そして、去年、夫が群馬に転勤したときは、時期到来とにわかに現実性を帯びてきた。その前に、手っ取り早く出かけられるところに先に行き、「さあ、いよいよ今年こそは」、と思っていると、なんと、夫の群馬赴任が終わってしまった(^^;

夫には一年の赴任中に、親しい友人ができた。単身生活の胃袋を満足させ、また、貴重な栄養補給の場となった、近所の割烹料理店のオーナーS氏である。夫の元に行ったときには、必ず一度は食事に出かけたお店だ。

そのS氏に尾瀬行きの夢を語ったところ、一緒に行こうということに。S氏は地元に住んでいるので、地理に詳しく、経験もあるので、頼りにさせてもらうことになった。S氏の定休日を利用して、日帰り尾瀬行きの実現とあいなった。

わたしたち夫婦は、まず前夜に、鎌倉から太田市まで行っておくことにする。
夫の帰宅後、夕食をすませてから夫の運転で出かける。横浜新道、関越道、熊谷東松山有料道路を通って、約2時間あまりで太田市に到着。ホテルにチェックインしてから、S氏のお店に挨拶に行く。 S氏夫妻は夜遅くまで仕事をして、その後店の後片付けをし、明日の用意をするという。そのバイタリティーに感服! 明日のリーダー役をお願いしてホテルに戻る。

グラスライン

明くる14日、5時半に起きるとあいにくの雨模様だ。
しかし、尾瀬の天気はわからないし、とりあえず現地まで行ってみることにする。身支度をし、荷物をまとめて、6時半にホテルを出る。早朝の道路は空いていて、若葉マークのドライバーにもたやすく運転できる。
お店の前まで行くと、S氏は夫人と共にすでに荷物の積みこみを始めていた。わたしたちも小さなリュックと共に乗せてもらって、7時すぎに出発。

S氏の見事な運転と豊富な道路知識のおかげで、普通よりウンと早く尾瀬に到着することができた。 去年、奥日光から日光へと旅した時に通った道を走っていく。吹割の滝を横目にしてしばらくいくと、そのまままっすぐ行くと日光へ、左折すると尾瀬へとわかれる交差点に来る。当然、尾瀬に通じる方へ左折。貸し切り状態の道路を快調に飛ばす。ほんとに信じられないくらいだれも走っていない道だ。さすがS氏、と夫は感服しきり。

しかし、雨はいっこうに止みそうにないし、かえって激しくなりそうな雰囲気だ。
戸倉を通り過ぎて、しばらく登り、ひとまず鳩待峠の駐車場に車を入れる。ここは、5月下旬から10月中旬の金曜日から日曜日には、マイカー規制がされていて入れないのだが、今日は木曜日なので入れる。ラッキー!
規制中は、戸倉・鳩待峠間をバスで行くことになる。
ただしこの場合は、4時半の最終バスに間に合うように帰ってこなければならないのだ。

9時半ごろに鳩待峠の駐車場について、雨の中、鳩待峠休憩所まで行ってみることにする。
この雨脚では足元が危なくて歩けないだろうと、高をくくって、ちょっと様子を見て帰るつもりだった。
S氏は歩きなれた人で、車の中に装備を一式積んでいる。雨具、防寒具、登山用ステッキ、トレッキングシューズ、などなど。片や、こちらは「雨ならパス」といった軽い乗りで来てしまったので、小さなリュック一つだけ持って、雨具も十分に持ってこなかった。簡易レンコートをはおって傘をさす。

いざ、休憩所まで行ってみると、きちんと装備した人たちがわんさといるではないか。いくつものグループがそれぞれコースを確認しあい、集合時間を決めて、しっかり歩く体制でいる。リーダーは歩く際の注意事項を声をからして叫んでいる。そして、三々五々出発していく。

なんだか、ここですごすご引き返すわけには行かない雰囲気だった。

尾瀬ヶ原-0
尾瀬ヶ原を一直線に延びる木道

これを見ていたS氏、行きましょうか、と一言。いよいよ、行くのか・・・、という感じ(^ ^;)
せっかく遠路はるばる来たからには、ここはなんとしても行くしかない・・・

覚悟を決めて出かけることにする。
足元が危なそうなので、売店で竹製の杖を購入する。
片手に杖、片手に傘を持ち、滑りやすい足元におっかなびっくり歩き出す。

鳩待峠から山ノ鼻への道は、快適な下り坂。といっても、この雨ではちょっと怖いが・・・
雨水が川のように流れている砂利の道を少し下ると、すぐに岩と木製の階段の下り。同じリズムにならないように、時々足を替えながら下る。予想以上に大勢の人が歩いていて、雨の中をぞろぞろと連なって歩く。

周りは緑一色で、雨にぬれた葉に触ると、緑に染まりそうなくらいだ。しかし、そのすばらしい景色を充分に楽しむ余裕はあまり無い。足元に注意していないと滑りそうだ。

下る途中でS氏夫人がいきなりすべってしまった。前を行く夫人の靴が不規則に空を蹴ったかと思うと、ゆっくりと体が沈んでいく。それを見ていながら、こちらの足元も怪しくて手を出せない。さいわい、木道の上に倒れたので大事に至らなかった。以後はますます足元に集中して歩く。

木々の合間の道を抜けると、沢を横にして歩く。雨のせいか水の量が多く沢のせせらぎも大きくて涼しげだ。ところどころにミズバショウがあるが、すでに葉がお化けのように伸びてしまっている。そこここに残っている花は盛りを過ぎていた。途中、大きな株のシラネアオイを見る。始めて見る大きな株に涼しげな青い花がたくさん咲いていた。そして、染まりそうな緑の中にくっきりと白い花をつけているのは、オオカメノキだ。すがすがしく、おおらかながら清らかで、緑の葉とともに美しいレース模様をなしている。

どんどん下っていくのは爽快なのだが、帰りはここを登るのかと思うとちょっと不安がよぎる。
沢に沿って木道を下り、川を越え、涼しげなせせらぎをBGMにしてしばらくすると、山ノ鼻に到着。


霧のなかに うかびくる
やさしい影 野の小道


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山ノ鼻は、満員だった。

鳩待峠から到着した人、休憩している人、鳩待峠へ向かう人、その辺を散策している人、こんな山奥にと信じられないくらいの賑わいだった。休憩所の中には座るベンチはおろか、立っている場所もないほどだった。トイレタイムを取って、しばらく休んでから、尾瀬ヶ原に入る。

入り口のゲートのようなところを抜けると、ぱっと視界が開けて、今までとは景色ががらっと変わる。うっそうと樹木に覆われた山から、広々とした湿原の中へ一気に突入だ。感動的な一瞬!
うねりながらのびる一本の木道が、はるかかなたで消えている。消えるまで見えているといったほうがいいのか。

これこそ、尾瀬、という景色が目の前に広がっている。

尾瀬ヶ原-1
池塘(ちとう)と木道と木々の生い茂る岸

ところが、いきなり人の数が減った。あれだけの人が鳩待峠から下ってきたのに、尾瀬ヶ原に入る人の数は何分の一しかない。後の人たちは引き返してしまったようだ。どうして、この尾瀬ヶ原を見ずに帰るのだろうか。ここからが夢の尾瀬なのに・・・

雨の中、周囲の山は霧がかかって見えない、雨でもやっている、どこか夢の中の景色のような、神秘的な雰囲気がする。

その中を、黙々と歩く。どうしても足元に目が行ってしまうのは、木道が雨でぬれているからだ。ところどころは、古くなった木道が割れていたり、傾いていたりするし、木道と木道の継ぎ目が緩んでいてシーソーのように動いたりするからだ。

その目線の中に、いろいろな花が飛び込んでくる。
イワカガミ、ミズバショウ、ワタスゲの穂、ミツガシワ、ニリンソウ、ミヤマエンレイソウ、ツボスミレ、チングルマ、リュウキンカ、オゼタイゲキ、キジムシロ、レンゲツツジ、シオガマギク、ヤチヤナギ、そのほか、名前のわからない花たち・・・
条件の悪い中でこんなにたくさんの花を見ることができるとは思っていなかったので、感激の連続。

残念なのは、写真を取れなかったことだ。片手に杖、片手に傘を持って、人の列に続いて歩いていくと、写真を撮るチャンスが無かった。頭の中にしっかりと刻み付けて、せめて花図鑑を買って帰る。

尾瀬にはいくつものコースがあるが、半日で帰るために、山ノ鼻から龍宮十字路へ道を辿る。少しずつ景色が変わり、雨のせいで水量が多いのか、いつも水の流れる音がしていたのが印象的だった。

そこここに「池塘(ちとう)」という池がある。
これは、湿原の窪地に水がたまってできたものだそうだ。水の透明度や水深、規模の大小などさまざま。また、この池塘に見られる水生植物によって、池塘の成長の様子がわかるのだそうだ。
最初は、浅い水たまりにミツガシワなどが生育する。水たまりの縁に生えていた植物が盛んに成長し、その枯れたものが堆積して岸を作る。そして水たまりが深くなっていく。今度は、ヒツジグサやオゼコウホネがあらわれ、水深が1.3メーターを越えると、植物が無くなり池塘の発達は止まり、湿原化していくのだそうだ。

尾瀬ヶ原-2
霧のかかる景色・・・遠方の山々は見えない

木道を歩いていると、列になって歩いているパーティーとすれ違う。
ほとんどは50代から60代以上と思われる人たちのグループだが、みんなきちんと装備して元気な足取りで歩いていかれる。こちらの装備のお粗末さが恥ずかしい。

また、自分の背丈より高い荷物を背負って黙々と歩いていく人とすれ違ったり追い越されたりした。この人たちは、「ボッカさん」というのだそうだ。
尾瀬ヶ原にある13軒の山小屋と契約を結び、食料品などの生活物資を毎日運んでいるのだそうだ。一日に運ぶ量は、少ないときで40キログラム、多いときは100キログラムにもなるという。ゆっくり、あせらずいそがず、ときどきベンチでタバコをくゆらしながら、雲つくような背負子を背に当たり前のように悠々と歩いていた。

ボッカさんは、帰りには空き缶やゴミを運ぶのだそうだ。また、山小屋を守る人たち、ボランティアで水の管理をしている人たちのおかげで、美しい自然が維持されているのだ。


ミズバショウの花が 咲いている
夢見て咲いている 水のほとり


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龍宮十字路を過ぎてすぐのところに、龍宮小屋がある。ここでお昼の休憩を取る。
ここは、規模は小さいながら、尾瀬を歩く人たちに人気のある小屋だそうだ。もっとも数多くの湿原植物を楽しめるポイントだという。お天気なら、正面に至仏山、背後に燧ヶ岳(のろしがたけ)が美しく見えるのだそうだ。

S氏夫妻は元気そのものだが、こちらはかなり疲れた。湿った靴下が靴の中ですべらず、靴擦れになりそうな感じだ。ひとまず雨具を脱いでほっとする。昼食は途中のコンビニで仕入れたおにぎりやおかずと、小屋特製のうどんとそば。なかなかの美味だった。おいしい空気の中で食べるのはまた格別だ。

しばらく休んで、絵葉書や花の本を買い求める。雨に向かって歩いてきて、膝から下が濡れそぼってしまったので、夫のレインズボンを借りて着る。帰りは傘を差さずに手を自由にして歩くことにする。

龍宮小屋から、もと来た道を辿って引き返す。
尾瀬がこんなに広いところとは知らなかった。これではとても一日や二日では歩き切れない。次回はぜひどこかの山小屋に泊まって、もっと奥まで歩いてみたいなあと思う。

同じ道とは言え、帰りは反対から見るので、また景色がちがい、目線もちがうので目に入る花もちがった。尾瀬ヶ原のミズバショウは、夢のとおり、水のほとりに群生していた。ここでは、花が美しく咲いていて葉もちょうどよい大きさで緑の原を形作っている。水辺を縁どるミズバショウは、なんともいえず清楚で、雨に打たれているさまもまた情趣があっていいものだった。
これだけでも、尾瀬に来てよかったと思わせるにじゅうぶんな眺めだった。

尾瀬ヶ原-3
ミズバショウの群生する岸辺

帰り道は、二人連れのボッカさんと抜きつ抜かれつで歩いていく。
靴擦れの足が痛くて思うように進めず、山ノ鼻までもどったあとは、S氏夫妻に先に行ってもらう。足をかばいながら歩くと、腰や背中までおかしくなってくるものだ。

後は登りなので、ゆっくりペースで足をだましだまし歩く。
途中で休んでいるボッカさんに追いつき、また抜かれて、最後はほぼ同時に鳩待峠に着いた。

全部で約16キロメートル、時間にして6時間ほど歩いた。
尾瀬ってすばらしいところだ。こんな悪条件でも、ほんとにすばらしい。
花の時期、紅葉の時期、またぜひ訪れて歩こう!

グラスライン

先に車にもどっていたS氏夫妻と合流して帰途に着く。

途中、花の駅・片品の「花咲の湯」に寄る。
公営の日帰り温泉施設で、すばらしく気持ちのよい温泉だった。
大浴場と露天風呂、サウナもあり、休憩施設も整っていて、一人3時間500円。
信じられない安さで、近所の人たちのサロンのようになっている。

ゆったりとお湯につかって、足の疲れをとり、からだをほぐす。
食事をして帰れば、後は寝るだけ。
自然の中で思い切りリラクゼーションして、温泉で疲れを癒して帰るなんて、なんとぜいたくな休日の過ごし方だろう。
この近くに住み着きたくなるようないいところだ。

このまま鎌倉まで帰るには遅すぎるし、疲れてもいるので、太田にもう一泊することにする。
夕べのホテルにもう一度予約を入れ、S氏のお店の前から運転してホテルに行く。
心地よい疲れにからだはけだるく、気持ちは満足の倦怠感に酔い、楽しかった一日を反芻するまもなく、あっという間に眠りに落ちてしまったようだ。

・・・S氏のお店・・・

日本料理の店  たから

こだわりの和食を、堪能できるお店です。
100%そば粉の手打ちそば、新鮮な刺身と寿司
冬はあんこう鍋、岩ガキ、特製サラダなど
訪れるたびに新しい味を発見するお店です。


太田市由良町 1718

栗田美術館のおまけページができました。





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